鈴木雄介ブログ
2006年3月2日
自由論
究極の自由とは市民としての分限でしかない。それは各自の精神活動を守ること。乃ち個人へあらゆる発想を許すことだ。
尤も、肉体的にこれを実行する者の中には社会的制裁を受ける場合もある。それは自由は他由との中庸である原則を破り、極端な行動に出たから。分限は精神においてしか解放されない。つまり真の完全無欠な自由は己の思想の中にのみ、ある。思想解放こそ自由の終点。
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