鈴木雄介ブログ
2006年1月22日
裁決
裁判とはできぬ神を演じる、あたかも人間性のユーモアだ。それを完璧に誤り無くするには人は余りに愚かすぎる。誤審のおそろしさは暗黒裁判以上に、できぬ祟りとしての衆愚のはなはだしく邪悪なふるまいにある事をイエスやソクラテスがどれほど高らかに示し賜っただろうか。それゆえに、人為による裁判が最後の審判にはなりえない、と幾ら顕示しても人類には足らないのだろう。
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